小正月の行事としては「さいの神」を思い浮かべる方は多いのではないでしょうか?でも「さいの神」って実際なんなのかわからずやっている方も多いと思います。そこでこの記事では「さいの神」について、名前の由来や各地でのおまつりの形など詳しく解説していきます。
賽の神とは

日本の民間信仰において、賽の神は多面的な性格を持つ神として広く知られています。主に、道行く人々を守護し、悪疫や悪霊といった負の力が侵入するのを防ぎ、追い払う神として信仰されてきました。
「賽」の字には境界をさえぎるという意味がある
その名称が示す通り、「賽」の字には境界をさえぎるという意味があり、村境や道の辻などに祀られ、地域社会の安全と平穏を願う人々の信仰を集めてきました 。
新潟県で行われる小正月の火祭り「どんど焼き」は、地元では「賽の神」と呼ばれ、正月飾りや書き初めなどを燃やすことで、家内安全や商売繁盛、五穀豊穣などを祈願する行事として深く根付いています。
この名称の由来は、邪霊の侵入を防ぐ神、すなわち「さえぎる神」から転じたものとされています。全国的に見ても、小正月(1月15日)を中心とした時期に、豊作や豊漁、無病息災を祈る伝統行事として、様々な形態と名称で存在しています。
石像の形で祀られることもある
賽の神は、道祖神とも深く関連しており、その境界を守るという役割から、村の入り口や三叉路、橋のたもとなどに石像の形で祀られることも多く見られます。道祖神もまた、悪霊や災厄を防ぐ神として信仰され、旅の安全や村人の健康を守る役割を担っています。このように、賽の神と道祖神は密接な関係を持ち、地域によっては同一視されることもあります。
賽の神の信仰において、負の力からの保護という側面が一貫して強調されていることは注目に値します。悪霊や病魔の侵入を防ぐという願いは、人々の生活における根源的な不安に対応するものと考えられます。
また、新年を迎えるにあたり、古い飾りを燃やすという行為は、過去の厄災を清算し、新たな一年を無事に過ごしたいという人々の願いの表れでしょう。賽の神と道祖神の密接な関連性は、境界という概念が、単に物理的な区切りだけでなく、精神的、霊的な領域においても重要な意味を持っていたことを示唆しています。
起源を探る:賽の神の歴史と変遷

賽の神という名称や信仰の淵源を探る上で、「さえのかみ」という言葉の語源を考察することは重要です。多くの研究によれば、「さえのかみ」は邪霊の侵入を防ぐ神、すなわち「さえぎる神」に由来し、それが転じて「さいのかみ」と呼ばれるようになったと考えられています。
外部からの侵入者を防ぐ神
10世紀に編纂された『和名類聚抄』には「道祖」に「さへのかみ(塞の神)」という訓が当てられており、外部からの侵入者を防ぐ神として認識されていたことがわかります。
また、「さえ/さい」という言葉自体にも、悪霊を妨げたり、寄せ付けないという意味合いが含まれています 。平安時代後期の『法華験記』には、「さえのかみ(境の神)」として道祖神が登場しており、これらの記述からも、賽の神が古くから境界を守る神として信仰されてきたことが伺えます。
古事記や日本書紀での記述
さらに、『古事記』に登場するイザナギが黄泉の国から逃げ帰る際に投げた杖から生まれたとされるサエノカミは、悪霊が現世に侵入するのを防ぐ境界の守護神とされており、この神話が賽の神の起源の一つとして考えられています。道祖神の別名としても「さえのかみ」が挙げられることも、両者の深い関連性を示唆しています。
賽の神の信仰は、『古事記』や『日本書紀』といった古代の文献にもその萌芽を見ることができます。これらの書物では、賽の神は死者の国と現世の境界に存在し、災いを防ぐ神として描かれており。特に、『古事記』には、黄泉の国から逃れたイザナギが、黄泉比良坂で追いかけてくるイザナミを千引の石で塞ぎ、その石が道返之大神、すなわち塞の神として祀られたという記述があります。
また、『日本書紀』においても、イザナギが投げた杖から岐神や来名戸祖神といった境界を守る神々が生まれたとされており、これらの神々が賽の神の原型となったと考えられます。ただし、当初の賽の神は必ずしも火祭りと結びついていたわけではなく、火祭りの要素は、平安時代の宮中行事に由来する左義長の風習が後に習合したものと考えられています。
火祭りと儀式:賽の神に関連する祭り

賽の神に関連する祭りとして最も特徴的なのは、小正月を中心に行われる火祭りです。これらの祭りは、地域によって「どんど焼き」、「左義長(さぎちょう)」 、「歳の神(さいのかみ)」 など様々な名前で呼ばれていますが、その中心となるのは、竹や木、藁などで作られたやぐらや小屋に、各家庭から持ち寄られた正月飾り、古い神札、注連縄、書き初めなどを積み上げ、火をかけて燃やすという儀式です。
火祭りは、単に古いものを燃やすだけでなく、その年の豊作や豊漁、家内安全、無病息災などを祈願する重要な意味を持っています。火の燃え上がる勢いが強いほど、その年の願いが叶うと言い伝えられる地域もあります。
また、燃え残った灰を持ち帰り、畑にまくと害虫除けになると信じられたり 、燃えさしの竹で柿の木を叩くと豊作になるといった習わしもあります。火にあたったり、焼いた餅や団子を食べることで、一年間風邪をひかない、病気にならないという言い伝えも多く、書き初めを燃やし、その灰が高く舞い上がると字が上手になるとも言われています。
各地の賽の神の形
火祭りとして賽の神は地域によってさまざまな形をしています。こちらでは、少し各地の賽の神を紹介します。
新潟県小千谷市若栃:男性の陰部を模した賽の神

新潟県小千谷市若栃集落では、稲わらで作った直径50 cm長さ3 mの「ごちんたい」と呼ばれる棒は男性の隠部を模していることが特徴です。子宝を願う新婚夫婦による点火が習わしと言われています。
新潟県十日町市松之山町:むこ投げ・墨塗り

新潟県十日町市松之山町では、燃え残った灰と雪を混ぜ、お互いの顔に「おめでとう」と言いながら塗りあう、無病息災・家業繁栄を願う「墨塗り」という珍しい行事が行われています。

また小正月行事として「むこ投げ」も良く知られています。結婚した初婿を高さ5メートル程ある薬師堂の境内から雪の斜面へ投げ落とす行事です。
「結婚の祝福」と「夫婦の絆をかたくなるよう」という願いで行われています。しかし元々の由来は「略奪結婚の名残」や「ムラの娘をとられた腹いせ」が形を変え残ったものとも言われています。

このように、賽の神の信仰は、その土地の歴史や文化、人々の願いによって多様な形を成しており、地域ごとの特色豊かな祭りや風習が受け継がれています。
地域 | 一般的な名称 | 特徴的な儀式・風習 | 表現・構造 |
---|---|---|---|
新潟県 | 賽の神、どんど焼き | 餅やスルメを焼いて食べる、墨塗り(松之山)、花火(片貝)、法螺貝を吹く、御幣上げ | 地域により様々、藁と竹の塔が多い |
福島県(会津) | 歳の神(賽の神) | 飾りを燃やす、火にあたって健康祈願、団子やスルメを焼く | |
山形県 | 賽の神、お塞神 | 大黒天と木製人形を担ぐ(羽黒)、男根形の御神体を配布(平塩) | |
富山県 | 賽の神 | 子供が木製の人形(デクボ)を持って家々を回り飾りを集め燃やす、集めた米豆を配布 | 竹と藁の円錐形の構造 |
長野県(松本) | 三九郎 | ||
東京都(狛江) | セエノカミ | 竹の小屋を建て飾りを燃やす、オンベラボウの倒れる方向で吉凶占い、子供が泊まり込む、柿の木を叩く、灰を害虫除けに使う | 竹と藁の円錐形の小屋 |
愛知県(東栄町) | 賽の神 | 子宝・縁結び・夫婦円満の神として信仰 | |
岡山県 | 賽の神 | 双体道祖神を祀る石の祠、悪魔除けと足の病気治癒、夫婦和合 | 石の祠 |
秋田県(湯沢) | 仁王さん | ||
千葉県 | おびしゃ(どんど焼きを指す場合あり) |