近年、日本各地で民間バス事業者の不採算路線からの撤退が相次いでおり、特に人口減少と高齢化が進む地域において、その傾向は顕著です。公共交通は、自家用車を自由に利用できない住民にとって生活に不可欠なインフラであり 、高齢者、学生、障がい者など、移動手段が限られる人々にとっては特に重要な移動手段です。
この記事では、公共交通維持の方法や小千谷市真人地区での取り組みについて紹介していきます。
民間バス路線撤退が地域社会に及ぼす社会経済的影響

民間バス路線の撤退は、地域社会の様々な層に深刻な影響を及ぼします。特に、自家用車の利用が困難な人々、すなわち高齢者、学生、障がい者、低所得者層にとって、その影響は甚大です。
高齢者の場合、運転免許を返納したり、加齢に伴い運転が困難になったりすることが多く、公共交通が唯一の移動手段となることがあります 。
バス路線がなくなると、医療機関への通院、食料品や日用品の買い物 、社会参加のための移動が困難になり、生活の質が著しく低下する可能性があります 。学生も、通学にバスを利用している場合、その代替手段を確保する必要があります 。
バス路線の撤退は、地域経済にも負の影響を与えます。顧客のアクセスが困難になることで、地域内の商店や医療機関の利用者が減少し、経営が悪化する可能性があります。地域全体の魅力も低下し、新たな住民の流入を妨げる要因となることも考えられます。また、自家用車への依存度が高まることで、各家庭の交通費負担が増加する可能性もあります。
日本における公共交通維持の取り組みの概要
民間バス路線の撤退という課題に対し、日本各地で様々な主体による公共交通維持のための取り組みが行われています。これらの取り組みは、主体や運営方法、対象地域などによって多岐にわたります。
1. 自治体による運営や支援
民間バス路線が撤退した場合、その代替として自治体が主体となってバスを運行する事例が多く見られます。これらのバスは、市町村営バス、生活バス、自主運行バス、廃止代替バス、コミュニティバスなど、様々な名称で呼ばれています。
例えば、稲沢市では、民間バス路線が休止された地域において、高齢者や児童生徒の日常の移動手段を確保するため、市町村合併前から一部地域で実施していたコミュニティバスを市営バス「イナカー」として再編し、並走するスクールバスを統合することで効率化を図っています。美作市では、民間路線バスの休止を受け、通学の足となる必要最小限の廃止代替バスを市が運行する計画を立てています 。
また、多くの自治体では、民間バス事業者に対し、不採算路線の維持に必要な運行経費の一部を補助するなどの支援策も実施しています 。さらに、国も、市町村が生活バス路線を維持する経費に対して、原則8割を措置する「地方バスに関する特別交付税措置」を設けるなど、財政面から自治体の取り組みをサポートしています 。
2. NPOや地域住民団体による運営の事例
地域住民のニーズに基づいた公共交通を維持するため、NPOや地域住民団体が主体となって運営を行う事例も存在します。これらの団体は、地域の実情に合わせた柔軟な運行計画や、住民参加型の運営体制を構築することで、持続可能な公共交通を目指しています。
関東運輸局の調査によると、地域住民等が主体となった地域交通の確保の取り組みは全国で様々な類型があり、その中でも「住民による運行」や「地域住民による企画・運営」の事例が多く報告されています 。
例えば、中井町では、町会が「青葉台コミュニティバス運営協議会」を設置し、運行ルートや時間帯などを地元で検討し、運行を開始しました 。運行開始後も運営協議会がニュースを発行したり、企業からの協賛金を徴収するなど、地域全体でバスを支える仕組みを構築しています。
3. デマンド交通や乗合タクシーなどの導入事例
利用者のニーズに応じて運行するデマンド交通や、複数の利用者が乗り合う乗合タクシーは、特に過疎地域など、従来のバス路線では効率的な運行が難しい地域において、有効な手段として導入が進んでいます。
これらの交通手段は、予約制である場合が多く、利用者の自宅近くまで送迎する Door-to-Door のサービスを提供できる点が魅力です。
例えば、岩泉町では、利用者が事前に予約することで利用可能なエリアデマンド方式の「くるもん号」という乗合タクシーが運行されています。横手市狙半内地区では、路線バスの廃止が検討される中、地域の足として「ちあバス」という Door-to-Door の運行を行うデマンド型のバスが実証実験を経て運行されています。
4. 他の公共交通機関との連携事例(鉄道、福祉タクシーなど)
バス路線が撤退した地域において、既存の鉄道や福祉タクシーなどの他の公共交通機関と連携することで、住民の移動手段を確保する取り組みも重要です 。
例えば、美作市では、他市に接続するバス路線が休止した場合、市内の鉄道駅までのアクセスを確保し、そこから鉄道を利用してもらうという連携を図っています。
また、福祉バスを誰もが利用できる公共交通に変更することで、地域全体の利便性向上を目指す事例もあります 。兵庫県市川町では、福崎町と連携し、それぞれの町のコミュニティバスを接続することで、乗り継ぎの円滑化を図っています 。
地域(都道府県、市町村) | 取り組みの種類 | 具体例 | 主な特徴 |
---|---|---|---|
稲沢市(愛知県) | 自治体運営 | 市営バス「イナカー」 | コミュニティバスを再編、スクールバスと統合 |
美作市(岡山県) | 自治体運営 | 廃止代替バス | 民間バス路線休止後の通学の足として運行予定 |
各地 | 自治体支援 | 運行経費補助 | 民間バス事業者の路線維持を支援 |
各地 | 自治体支援 | 地方バスに関する特別交付税措置 | 市町村の生活バス路線維持費を補助 |
兵庫県 | 自治体支援 | コミュニティバス運行総合支援事業 | 市町主体コミュニティバスの運行経費を支援 |
関東地方 | 地域住民主体 | 住民による運行、企画・運営 | 地域住民が主体的に運行や企画を行う |
中井町(神奈川県) | 地域住民主体 | 青葉台コミュニティバス | 町会が運営協議会を設置し運行 |
横手市(秋田県) | デマンド交通 | ちあバス | Door-to-Door の運行を行うコミュニティバス |
岩泉町(岩手県) | デマンド交通 | くるもん号 | 事前予約制のエリアデマンド方式乗合タクシー |
各地 | デマンド交通、乗合タクシー | 各地の事例 | 過疎地などで導入が進む |
美作市(岡山県) | 既存公共交通連携 | 鉄道との接続 | バス路線休止後、鉄道駅までのアクセスを確保 |
各地 | 既存公共交通連携 | 福祉タクシーの活用 | 福祉バスを公共交通として活用 |
稲沢市(愛知県) | 既存公共交通連携 | スクールバスとの統合 | スクールバスを市営バスと統合し効率化 |
各地 | 既存公共交通連携 | スクールバスの混乗化 | スクールバスの一般利用を可能に |
市川町・福崎町(兵庫県) | 自治体間連携 | 連携コミュニティバス | 異なる自治体のコミュニティバスを接続 |
東浦町(愛知県) | 既存公共交通連携 | コミュニティバス回数券の共通利用 | コミュニティバス、民間バス、タクシーで利用可能 |
地域住民のニーズと意見の把握

持続可能な公共交通システムを構築するためには、地域住民のニーズや意見を正確に把握し、それを取り組みに反映させることが不可欠です。
地域住民のニーズや意見を把握するための方法としては、様々なものが考えられます。まず、地域住民を対象としたアンケート調査やヒアリング調査を実施することで、既存の交通手段に対する満足度や、新たな交通手段に対する要望などを直接的に収集することができます。
また、地域住民が参加するワークショップや意見交換会を開催し、自由な意見やアイデアを出し合う場を設けることも有効です。これらの場を通じて、潜在的なニーズや課題を発見することができます。さらに、地域公共交通協議会などの会議体に住民代表を参加させることで、計画段階から住民の意見を反映させる仕組みを構築することも重要です。
地域住民のニーズを的確に捉え、それを公共交通サービスの向上に繋げていくためには、行政、交通事業者、地域住民団体などが継続的に連携し、対話を進めていくことが重要です。
公共交通維持のための財源確保
公共交通サービスを持続的に提供していくためには、安定した財源の確保と効率的な運営体制の構築が不可欠です。
財源確保の方法としては、主に以下のものが挙げられます。
- 利用者の運賃収入
- 国や自治体からの補助金
- 広告収入
- 地域企業からの協賛金や寄付金
- 会員制度・サポーター制度
- 他の事業との連携による収入
利用者の運賃収入は特に過疎地域においては、利用者が少ないため、運賃収入だけで運営費を賄うのは困難な場合が多くあります。
国や地方自治体からの補助金は現実的な手段です。しかし補助金は、公共交通を維持するための重要な財源となりますが、その交付額や期間は限られている場合があるため、長期的な視点での検討が必要です。
広告収入を受け取る方法もありますです。バスの車体や停留所に広告を掲載することで、収入を得ることができます。
地域企業からの協賛金や寄付金を得るケースもあります。地域社会の一員として、公共交通の維持に貢献したいという企業からの支援は、貴重な財源となります。
会員制度やサポーター制度の導入とは、地域住民に会員やサポーターとなってもらい、会費を徴収することで、運営資金の一部を賄うことができます。
最後に他の事業との連携による収入です 。例えば、地域の商店と連携して、バスの利用者に割引などの特典を提供することで、利用促進と地域経済の活性化を図り、その一部を運営資金に充てることも考えられます。
公共交通の維持における技術革新の可能性
近年、自動車技術や情報通信技術の進展は目覚ましく、これらの技術革新は、公共交通の維持においても大きな可能性を秘めています。
自動運転技術は、特に運転手不足が深刻な地域において、その導入が期待されています。自動運転バスやシャトルは、人件費を削減できるだけでなく、運行時間やルートの柔軟性を高めることができます。
また、過疎地域など、需要が少ないエリアにおいても、必要な時に必要な場所へ運行するオンデマンド型の自動運転サービスを提供することで、効率的な移動手段を確保できる可能性があります。
人工知能(AI)の活用も、公共交通の効率化に貢献します 。AIを活用することで、過去の運行データやリアルタイムの交通状況を分析し、最適な運行ルートやダイヤを自動的に算出することができます。また、需要予測に基づいて、車両の配置を最適化したり、リアルタイムでの運行状況を利用者に提供したりすることも可能です。さらに、AIチャットボットなどを活用することで、利用者の問い合わせ対応を自動化し、サービス向上に繋げることもできます。
ただし、これらの技術革新を導入するにあたっては、初期投資のコストや、法規制の整備、デジタルデバイドへの対応など、いくつかの課題も考慮する必要があります。特に、高齢者など、スマートフォンなどの情報端末の操作に不慣れな層への配慮は不可欠です 。電話予約との併用など、誰もが利用しやすい環境を整備することが重要です。
真人地区の公共交通維持の取り組み

真人地区では、高齢化の進行に伴う公共交通の維持・確保が重要な課題となっており、その対策としてコミュニティバスの導入と活用が進められています。
1. ビレッジプランによる実証実験
以前には、路線バスの制約を考慮した上で、ビレッジプラン実践委員会とデイホームまっとの共催による温泉・買い物ツアーの実証実験が、岩沢地区のコミュニティバスを借用して実施されました。この実証実験では、参加者から一定の評価が得られ、継続を望む声も上がっています。
真人地区のビレッジプランについては以下の記事をご覧ください。

2. コミュニティバスの導入
こうした背景を踏まえ、小千谷市の「第5次小千谷市総合計画後期基本計画」に基づき、真人地区へのコミュニティバスの配置が検討され、宝くじ財団の助成により新たなコミュニティバス1台が導入されることが決定し、令和6年12月5日に受領されました。この新しいバスは、これまで借りていたものよりも大きく、10人乗りで荷物スペースも備わっています。
導入されたコミュニティバスの活用については、住民からの提案や要望が広く募られており、当面は、実証実験として行ってきた買い物ツアーが、令和7年1月から福祉会の主催により月1回継続される予定です。将来的には、運行頻度の増加も検討されています。
その他、温泉への送迎や藤巻医院への通院バスの運行も計画されており、運行状況を見ながら詳細が決定されます。デイホームや健康教室への送迎についても、各団体との協議が進められています。また、地域住民による一般利用やよさこいなどの活動での利用も推奨されており、事前に運行範囲などを協議する必要があります。さらに、バス停から距離のある地域(栗山、万年、中山など)と公共交通機関を結ぶための具体的な運行ルートや乗車方法が、地域住民との協議によって決定される予定です。
3. 今後の課題
コミュニティバスの安定的な運行には運転手の確保が不可欠であり、地域住民への協力が呼びかけられています。コミュニティバスの車両点検、保険、修理費用は小千谷市が負担しますが、運行にかかる燃料費、運転手の人件費、タイヤ交換などの実費は地域側の負担となり、利用者からの実費相当の徴収(寄付)によって賄われることになります。実証実験での買い物ツアーと同様に、福祉会が運営する買い物バスでも、運行経費を賄うために1回あたり400円程度の寄付が利用者からお願いされる予定です 。
真人地区では、導入されたコミュニティバスを真人町里地振興協議会が主体的に管理し、運営体制を整えていくことになります。今後、住民の意見や提案を反映させながら、コミュニティバスが地域に必要な移動手段として定着し、地域住民の生活の質を向上させることが期待されています